私たちが日常的に使う、手のひらに収まるほどの小さな鍵とシリンダー。その原型が、今から四千年以上も前の古代エジプトに存在したことをご存知でしょうか。鍵の歴史は、人類が「私有財産」という概念を持ち、それを「守りたい」と願った時から始まりました。それは、文明そのものの歴史と深く結びついています。古代エジプトで発明された錠は、木製で非常に大きなものでした。その仕組みは驚くほど現代の鍵に通じており、扉の閂(かんぬき)に、重力で木のピンが複数本落ちてきてロックするというもの。鍵は、このピンを正しい高さまで持ち上げるための、歯が並んだ大きな木の棒でした。これが、現代のピンタンブラー式シリンダー錠の基本的な原理の、遥かなるルーツなのです。時代は下り、金属加工技術が飛躍的に発展した古代ローマでは、鍵と錠は青銅や鉄で作られるようになり、小型化が進みました。人々は鍵を指輪に組み込むなどして携帯し始め、それはやがて富や社会的地位を示すステータスシンボルとしての意味合いも持つようになります。中世ヨーロッパの壮麗な城や教会では、その富を守るために、さらに複雑で頑丈な錠前が次々と開発されました。鍵本体にも、職人技が光る美しい装飾が施され、単なる道具を超えた芸術品としての価値も高まっていきました。そして、鍵の歴史における最大の革命が、18世紀から19世紀にかけての産業革命期に訪れます。ロバート・バロン、ジョセフ・ブラマー、そしてジェレマイア・チャブといったイギリスの発明家たちが、相次いで不正解錠が困難な新しい錠前の特許を取得しました。そして1861年、アメリカのライナス・イェール・ジュニアが、古代エジプトの原理を参考に、小型で信頼性の高い「ピンタンブラー式シリンダー錠」を完成させ、特許を取得します。この発明は、大量生産に適していたこともあり、瞬く間に世界中に普及し、今日の私たちが使う鍵のデファクトスタンダードとなりました。一本の鍵とシリンダーには、財産を守ろうとしてきた人類の、数千年にもわたる知恵と工夫の歴史が、深く刻み込まれているのです。
鍵とシリンダーが紡いできた遥かなる歴史